楠葉台場跡現地説明会A

現場での説明

石垣の石や土塁の土の多くは京阪電車の敷設のときに使われました。
それでも、石垣や石垣の石がでてきます。
幕末の志士、幕府軍、薩長軍、一般人が通った京街道。
往時を想いながら説明を聞きます。
現地説明会は、本などに載らないような内容も聞けます。



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堀と土塁、
黒黄色の柵のあるところが堀、
右の人のいるところが土塁跡。
現在でも高低差があります。
トレンチ12、(北から)
奥にあるのが石垣。堀の外側。
見えにくいですが、手前にも
石垣が一列にあります。
トレンチ5、(北から)
台場南正面の虎口(こぐち、入口)
石垣の最下部が出てきました。
最下部の下にまだ
2段の石垣の地中部が出てきました。
中央手前の丸太は虎口の柵の柱。
トレンチ5−2(南より)
虎口を入った正面の土塁(見切塁)
線の奥が土塁基底部
トレンチ5−3(南より)
トレンチ6 東中央より南向き
線の左は見切塁の基底部
トレンチ6 東より最北部
井戸らしいが浅いので
本当の井戸ではない?
トレンチ14、(南より)
溜水門(排水溝)が土塁の下を
通っている。
トレンチ14、(北より)
土塁の手前は堀。その手前は側道。
トレンチ2−2、(東より)
左が堀、右が京街道(道は上下)
ここを新撰組が走りました。
トレンチ3、(西より)
線の手前(西)が京街道(道は左右)
トレンチの2−2と3の間が
京街道です。約8mの幅があります。
トレンチ2、(南より)
台場の北の出口。土橋があります。
線の手前が堀、奥が京街道。
線沿いに土橋の橋脚。
手前の石も橋脚に関係あり?
土橋は橋桁に土を被せたもので
橋の下は空間(堀)。
トレンチ2より南を見る
この方向が台場内の京街道
台場跡の南、
久親恩寺の北辺にある道標と解説

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